琵琶湖の景色に見る楽土への憧憬

2012.01.07

記憶かイマージュかが比喩していたものは、今になってようやく少し察しがつく。楽土。あるいは浄土。寂光土。湖東と湖北より西の方を、琵琶湖という広大な水域を通して眺めると、陰僻な冬雲と重い地上の間に、恩寵のような光が射してくる。それは、そのような領域がどこかにあるのだという予感を作り出す。如来や菩薩のような存在はそこに居てこの地上に生きる者どもの万象を見ているのだが、如来や菩薩もまた、その万象が浄化されない限りは、新たな存在になることがかなわぬ。

[参考サイト]
ヴィラ本栖 - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad330865/

郡山ワシントンホテル - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad383400/

瀬波温泉の温泉・露天風呂のある宿・ホテル - じゃらん温泉ガイド
http://www.jalan.net/onsen/OSN_50202.html

安土に代表されるような土地に戦国の雄が居城を求めたのも、都への距離や交通の要衝、生産性の豊かな地勢というだけでなく、もしかしたら、どこかに楽土への憧憬があったかもしれない。平山城の眼下に広がる戦乱の世はしばしば陰惨な地獄絵であり、真冬の鉛色の空今日よりはるかに辛い仕打ちを人びとにしたであろうが、それゆえに、恩寵の光の落ちる彼岸を、彼らは琵琶湖の果てに見ようとしたのではあるまいか。陰や闇や暗さがなければ、光もまた崇高なものには成りえない。だから、この湖の琵琶をかき鳴らす撥は、冬の暗い空から数条降りてくる、白いレンブラント光なのではあるまいか。その、巨大な内なる海の、音もない響きは、数世紀を経た今日もなお、おそらくどこかで鳴り続けている。弧を描くように湖岸沿いに進んだルートは、湖岸白鳥川の交差点から白鳥川沿いに進路を変える。




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